カテゴリー: 庄川町について

藩の創始と砺波郡

前田氏の領土 越中は、 天正八年(1580年)以来佐々成政が領有し、富山に居城した。成政は秀吉の天下統一を快しとせず、徳川家康と 織田信長の遺子信雄 を擁して反抗しようとした。十二年、秀吉方の前田利家は成政と能登末森で戦
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加賀藩の農政

天正十一年(1583年)前田氏が加賀藩主として入国した当初は、前領主の旧来の農政をそのまま引き継いでその慣習を重んじ百姓を仕つけ農耕に努力させた。しかし十五、  六年ごろになると百姓と一部の庄屋や名主の間にわだ
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草高と年貢

村々の草高 高というのは、一定の土地の収益を定める根本の数量を見積もったもので、「禄高」とか単に「高」といわれていた。この禄高には古来種々の名称があって、貫高といった時代は高の数を何千買といい、俵高といった時代は何千俵と
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松川除と庄川の用水

松川除築堤 庄川の洪水と流路の変遷 庄川のように扇状地面を流れる河川は、洪水で堤防が決壊すると流水は等高線に直角に流下して、農作物はもちろん耕地を洗い流し大量の砂礫で埋没させ、場所によっては家屋までも破壊流失させる。 &
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用水路の発達

用水路の系統 用水の取り入れ口 庄川から導水している九つの用水路は、用水ごとに取入堰を築き、庄川堤防に門で用水量を調節する取入口を設けていた。それらの堰の働きをなす川倉は、 材木を組み立てて造った 高さ数mから十数mにお
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用水と他産業

庄川の水利は農業用水のほかに、庄川流域住民の飲料水・防火用水・生活雑用水をはじめ、流木業・漁業・土石採取業・舟連・水車動力源・水力発電事業・工業用水などとそれぞれの慣習によって共存しているが、時として相互の利害関係が異な
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各用水の沿革

山見八ケ口用水 庄川の諸用水の中で、最上流に取入口をもつ山見八ヶ用水の特権は、下流の諸用水から十分尊重されつづけてきたが、最も高い所を灌漑しているので通水量は常に不足し、合ロダム建設までは俗に貧乏用水と呼ばれてきた。この
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